会社紹介

地域の総合情報企業として、
地域が抱える課題と常に向き合い、
県民と共に歩み続けます。

社長あいさつ

創刊130周年を迎えて(2021年7月5日)

株式会社茨城新聞社 代表取締役社長 沼田 安広

株式会社茨城新聞社 代表取締役社長 沼田 安広

地域とともに歩む


茨城新聞は7月5日、創刊130年を迎えました。これもひとえに読者、県民の皆さまのご支援のおかげであり、厚く感謝申し上げます。これからも日々、紙面の充実に取り組んでいきますので、一層のご愛読をよろしくお願いいたします。

新型コロナウイルス感染症は第5波が襲来し、切り札のワクチン接種が供給不足により遅れ気味です。早期の収束、経済や暮らしの回復への一助となるよう、引き続き県内情勢を中心に正確な報道に努めてまいります。

本紙は1891(明治24)年7月5日に、自由民権運動家の関戸覚蔵らが創刊。発刊の趣旨で「独立特行の新聞であり、不偏不党、公明正大の筆鋒を振う」と県民のための新聞を目指しました。

明治から大正、昭和、平成、令和へと激動の時代を歩んできた歴史を振り返ると、本紙は地域に支えられ、地域にいささかなりとも貢献してきました。130周年記念事業として防災キャンペーンに続き、本県の近代化に尽力した当社2代目社長、飯村丈三郎の顕彰事業を行っておりますが、本紙連載をお読みいただくと、その一端がうかがえます。

大正期の水戸の大火、戦時中の水戸空襲により、社屋は2度焼失。東日本大震災で被災し、3日間の停電に見舞われました。近年も経営危機がありました。いずれの時も「新聞の責務を果たそう」とあきらめず新聞発行を続けました。それができたのは地域の皆さまの支援があったからです。

危機の時こそ、人々は情報を求めます。新型コロナ感染症の流行もしかりです。本紙やインターネット上の茨城新聞ニュースを読む方が急増しました。多くの県民の皆さまのお役に立っているとすれば、これまでの恩に多少なりとも報いることができ、喜びに堪えません。

日本社会は人口減少や少子高齢化、デジタルテクノロジー、グローバル化の進展により、急激に大きく変化しています。コロナ禍が拍車を掛けています。そうした中でも、新聞の使命は変わりません。むしろ、フェイクニュースを含めネット上に情報が氾濫する時代だからこそ、取材活動に裏付けられた事実に基づく新聞情報の信頼性は高く、新聞の役割はますます重要と考えています。

発刊の趣旨や戦後に制定した社是、創刊120周年に掲げた「地域応援宣言」、これらの企業理念を基に、茨城新聞社は地方ジャーナリズムの担い手として、新聞の使命を果たし、県民の幸せと茨城の発展に貢献してまいります。地方創生やSDGs(持続可能な開発目標)達成などの課題に取り組み、次世代に負の遺産を押し付けない、よりよい地域社会づくりに貢献していきたいと念願しております。

本紙のイメージを表現するキャッチコピーは「ずっと 地域とともに」です。これからも地域の皆さま一緒に歩むメディアであり続けます。

会社概要

社名 株式会社 茨城新聞社
創刊 1891年(明治24年)7月5日
本社 〒310-8686 茨城県水戸市笠原町978-25 茨城県開発公社ビル
電話 029-239-3001(代)
事業内容 日刊新聞発行・書籍出版・各種イベント
資本金 5,000万円
売上高 37億5000万円(2021年3月期)
代表者 代表取締役社長 沼田 安広
従業員数 207名(2020年10月1日現在)
グループ会社 茨城新聞アドセンター
茨城新聞社ロゴ

支社局一覧

茨城新聞社社屋

組織図

組織図

沿革

明治 24年
いはらき創刊号を発刊(7月5日)。
明治 44年
創刊20周年記念事業でいはらき受託部を設置。
受託部が入る建物を本社脇に建設。広告主に自由解放(9月10日)。
大正 2年
「木星」欄登場。選者は横瀬夜雨。
大正9年以降、若山牧水が継ぐ(4月11日)。
大正 7年
水戸で大火。本社、輪転機焼失(3月25日)。
大正 12年
茨城美術展開催(隔年ごと開催)。
同年11月、宇都宮支局開設(5月25日)。
大正 14年
夕刊発行(4頁)、朝刊(4頁)とあわせ8頁建てとなる(9月15日)。
昭和 5年
第1回茨城工芸展覧会を開催。現在まで続いている貴重な展覧会(5月8日)。
昭和 6年
東金砂、西金砂神社の大祭礼。記事37回リポート(3月22日)。
昭和 13年
大連市内に大連支局開設(7月26日)。
昭和 17年
政府の1県1紙方針により水戸に本社をもつ常総新聞、
土浦で発行の常南日報、古河で発行の関東毎日新聞を吸収する。
この日から「いはらき」の題字を「茨城」とした(2月1日)。
昭和 22年
「茨城新聞」の題字を創刊時の題字「いはらき」に戻す(7月5日)。
昭和 23年
新聞用紙確保のため国の増産体制を背景に福島県にまたがる「炭坑版」を新設。
昭和25年末まで続いた(11月)。
昭和 24年
いはらき長岡病院開院式。旧長岡町(現茨城町)の水戸陸軍病院長岡分院跡を活用。
運営は財団法人いはらき博愛会長岡病院(11月3日)。
昭和 24年
県と共同で「茨城百景」選定事業を行う(12月)。
昭和 36年
県と共催で奈良国宝展を開催。
奈良7大寺から国宝10点重要文化財50点をを含む百点を展示(4月26日)。
昭和 39年
紙齢2万5000号を記念して「いはらき賞」を制定(4月28日)。
昭和 43年
共同通信社と共同で茨城政経懇話会を発足(1月20日)。
昭和 44年
東部ニューギニア遺骨収集団に記者派遣。
本格的な海外取材始まる(10月4日)。
昭和 48年
故小平浪平の業績を称え、
社と財団法人小平記念会が制定した第1回小平奨励賞の贈呈式行う(10月15日)。
昭和 54年
身体障害者の国際交流を狙い、第1回希望の翼を実行(12月15日)。
昭和 55年
CTSシステムの電算写植機第1号設置(3月15日)。
昭和 58年
地域文化の振興と社会福祉推進のため財団法人茨城新聞文化福祉事業団を設立(4月7日)。
昭和 60年
科学万博に併せ、超高速カラーオフセット輪転機を導入。
カラー連載「いばらき新時代」を始める(1月1日)。
平成 3年
題字を「いはらき」から「茨城新聞」に変更(1月1日)。
平成 3年
創刊100周年記念大会。日展、講演会。横山大観展など開催(7月5日)。
平成 10年
株式会社茨城プレスセンターで茨城新聞の委託印刷を始める(4月13日)。
平成 15年
茨城新聞マルチメディアデータベースの販売開始(4月1日)。
平成 18年
紙齢4万号達成(5月3日)。
平成 20年
編集センターを茨城プレスセンター内に開設(1月23日)。
平成 20年
CTS更新、CTP(自動刷版装置)を導入し、新システムへ全面移行完了(3月21日)。
平成 21年
本紙の委託印刷契約を株式会社読売新聞東京本社と締結(5月25日)。
平成 22年
アサガミプレスいばらき株式会社(茨城町)で茨城新聞の委託印刷を始める(9月1日)。
平成 22年
茨城プレスセンターで茨城新聞での受託印刷業務終了(9月30日)。
平成 23年
株式会社茨城プレスセンターと合併 (10月1日)。
平成 25年
本社を水戸市笠原町の茨城県開発公社ビルへ移転(11月18日)。
平成 27年
水戸市南町に「みと・まち・情報館」を開設。
平成 28年
創刊125周年記念事業「いばらきセレクション125」を実施。
県民投票などをもとに「茨城の宝」125件を選定。
平成 31年
「戦争写真家ロバート・キャパ展」を1月12日〜2月11日、土浦市民ギャラリーで開催。